お前らに毒親の子育ての恐怖を教えてやろう

毒親に育てられた子供の悲惨な思い出を綴る。書くのも辛いが。書いたところで、この世の毒親が改善するわけないどないが。やるせない思いしかないが。それでも書くことで、俺の精神が少しでも落ち着けば・・・それも無理だろうがww

子どもたちよ 毒親の支配から逃げろ!!すぐに逃げろ!!

~子どもたちへ~

 

まず、自分の親を冷静に分析せよ。

 

お前の親は正しいことをやってるか?

お前の親はまともか?

お前の親はキチガイみたいなことを言ってないか?

 

無論、お前がおかしいかもしれない。

そこも冷静に分析するんだ。

 

異常な親かどうかを冷静に判断せよ。

 

そして、毒親だとわかったら、逃げろ!!!

 

やつらには、話が通じない。

通じるわけがない。

だから、逃げるしかないんだ。

改善なんてするわけがない。

やつらには、自分が間違っているという自覚が存在しないのだから。

 

今のままではお前の人生がめちゃくちゃになる。

後悔してもしきれない人生となる。

 

だから、

逃げろ。

 

自分の意思を持て。

いや、これは残酷な要求だな。

毒親のもとで洗脳されて育っている場合、自分の親が毒親かどうかもわからなくなっているし、自分自身の意思もどこにあるかわからなくなってるからな。

 

全て親の意見に従っている、従ってきた

親がすべてだ

 

という子どもには残酷な要求だ。

 

 

しかし、それではだめなんだよ。

お前が壊れる。

 

人間に生まれたんだから。

子どもは自分の意思をしっかりもって、後悔の無い行動をしてほしい。

 

俺は、アラフィフになって現在、地獄の様な人生である。

お前らにはそうなってほしくないんだ。

 

子どもたちよ。

俺のブログを読んで、深く、深く、考えてほしい。

 

毒親と絶縁する (集英社新書)

毒親の特徴  俺が何十年もかけて受けた被害を、思い出したことを都度書いてまとめてゆく

俺の思う毒親の特徴 ~随時更新するぞ~

 

子育てをしている親たちはぜひ参考にしてほしい。

まあ、当たり前のことしか書いてないが。

まともな人間ならば、とくに驚きもしない内容だろう。

 

①親はすべて正しく、ありがたいもので、尊敬すべき対象 と考えている。

そりゃ普通にしてればこうだろうが、毒親は違う。

しかし、自分が間違ってるとは考えることができない。

 

②まぎれもなく、子供を愛している

あくまで毒親の感覚でだが。

「子供のために」という善意の気持ちが強い。

悪意であってほしかった。

悪意の方が救いがある。

善意で悪質な行為を働くからこその毒親であり、

「子供と愛している」という事実は最も恐怖である。

 

③対話ができない。

子どもの意見はすべてゴミ。

聞くに値しない。

会話をしていても、最終的にすべて毒親の意見に従わせるためのものとなる。

よって、子供はだんだん毒親に本当のことはしゃべらなくなる。

 

④暴言・暴力

対話ができないからな。

とりあえず殴るぞ。

たくさん殴られたし、言葉の暴力もたくさんあった。

 

毒親の独自の価値観を子どもに強要する。

好き・嫌いすら毒親の価値観に合わせないといけない。

毒親に合わせた意見を話すと大喜びする。

逆に、毒親と異なる意見を話すと激怒し、そして悲しむ。

 

⑥子どもへの過大評価

子どもにない才能でも、なぜかできると信じて疑わない。

達成できないと、本気で不思議がる。

過不足なく適正に子どもを評価することができない。

(注)通常の親ばかとはレベルが違う

 

キチガイレベルで理論に整合性がない

都合に合わせて、他所は他所、ウチはウチ。

とかいいだすのだが、実態として他の子供とやたらと比較をし、

他の子どもに侮辱的な評価を下したり、

自分の子どもに侮辱的な評価を下したりする。

 

⑦視野が異常に狭い

世の中で起きていることを受け入れるということができない。

したがって、教育思想も異常なものになる。

 

 

毒親の呪いを解く音楽CDブック

親に向かって「殺すぞ!」と言い殴りかかった

毒親と一緒に暮らしていると、日々ストレスがものすごくたまる。

無駄なんだよね。

何を話しても。

 

毒親は、自分が圧倒的に正しいと考えてるから、子供が何を話しても無駄なんだ。

 

毒女親はいつも暴力をふるった。

子どもの教育は、対話ではなく、暴力だけなんだ。

そしてひっぱたきながらこう言う。

 

「牛や馬は叩かないということを聞かないから!!」

 

子どものころ、何度も何度も聞いた。

そうか、俺は牛や馬と同じだから、叩かれないということを聞かないんだ。

と考えていた。

めちゃくちゃである。

なぜ人間と牛や馬を同等に扱うのか。

このあたりにも女毒親の異常性がはっきりとわかる。

例え話としても、まったく適正ではない。

 

毒女親は、教育のため、俺のためだというスタンスは崩さなかった。

つまり、正しい暴力だったわけだ。

 

そして、こうもよく言った。

「たたいた母さんの手の方が痛い。」と。

どの口がそんなことを言うのか。

対話ができないからこうなる。

子どもを人間として見てないからこうなる。

(本人としては、ちゃんと子供を愛していると思ってるから恐怖。)

 

 

俺は俺で、洗脳されていたので暴力も正しいと思っていた。

対話なんてやったことないんだから。

正義であれば暴力も許されると。

 

俺は、小学校のころ、すぐにケンカをした。

ケンカというか、自分の意見を受け入れない友人に対して、「自分は正しい暴力をふるってるんだから、殴ってもいいんだ。」と強く思っていた。

恐ろしい話である。

その時、なぐった友人たち、本当に申し訳ございません。

不良のケンカとかとはちがって、話が通じないからすぐ殴るというカスみたいな理由。

今思えば異常な話だが、当時はそうは思ってなかった。

洗脳されていたから。

だって、女毒親が世界の全てだったから。

他の友人の価値観や、TVやマスコミ、社会の価値観はすべて間違っているから知らなくていいという閉鎖された教育だったから。

明らかに社会に不適合になってしまっていた。

 

 

さて、話を戻そう。

俺は中学に入って、身長も筋力も女毒親を上回った。

 

俺は女毒親にいろんな対話をもちかけてみた。

母さんの価値観は間違っている。

社会にあるものをもっと受け入れたかった。

偏った閉鎖的な思考ではなく、もっともっと、そうだ、

「普通になりたかった」んだ。

 

毒親は相変わらず俺の意見は聞かない。

いや、それどころか、

「どうしてこんな聞き分けの無い子に育ってしまったんだろう・・」と本気で

悲しんでいる始末だった。

 

手に負えない。

 

俺は、ある時、

「殺すぞ!」と叫んで女毒親を殴った。

殴ったといっても多少の手加減はあったが殴った。

 

「殺すぞ!」については、無論殺したりはしない。

この国には刑法があるからな。

こんなカスを殺して投獄とかまっぴらごめんである。

 

しかし、当時の俺には、「殺すぞ!」以外の言葉がでなかった。

だって、いろんな対話を持ちかけても、無意味なんだから。

いろいろ話して、全く聞き入れ慣れなくて、それが何年も続いて、

とうとう、話す単語がなくなったんだ・

 

「殺すぞ!」

 

これ以外に、言える言葉がもうなかった。

殴るしかなかった。

黙らせるためには。

 

 

殴られても女毒親は、全く自分を省みなかった。

表情や、言葉を見る限り、

「この子は今は私に殴りかかってるけど、本当は私のいうことをわかってくれる。

この子は間違ってる。そのことにいつか気づくはず。。」

 

多分、考えていたのはこんなことだろう。

キチガイである。

殴られてもなお、何も考えないんだから。

 

その後も殺すぞ殴るをなんどかやって俺は悟った。

もう、だめだ。

 

何をやってもだめなんだ。

人間なんて変われない。

 

そして、女毒親に対するとてつもない恐怖を、改めて植え付けられた。

わかるだろ。

対話が一切できない相手と話すと、こっちだっておかしくなってくる・・・

 

毒親絶縁日記

 

 

 

 

 

毒女親の理想の習い事

毒女親は、なぜか子どもにピアノを習わせることにこだわった。

 

それは異常だった。

俺は男だし、ピアノなんて全くもって興味はなかったのだが、幼稚園のころから中学校で親を殴るまで、無理やりピアノを練習させられた。

 

毎週金曜日はピアノの教室へ行かされる。

そして、その金曜日の課題のために、毎日レッスンをしないといけない。

 

毒女親の恐ろしいところは、音楽を愛していないということだ。

音楽を愛していれば、日ごろからクラシックのひとつも聞くだろうし、いろいろ造詣も深くなるだろうが、そんなことは一切全くもってなかった。

 

ただ、子供には毎日厳しく練習をさせる、これだけは厳しかった。

毒女親は、よくベートベンの話をした。

ベートーベンは、子供のころから毎日父親に厳しくピアノの練習を受け、それによって才能が現れたのだと。

 

頭が悪い上に、キチガイである。

ベートーベーンの父親とか、音楽のプロである。指導ができる能力があったわけだ。

で、毒女親はどうかというと、ピアノなんて全く弾けない。ピアノを知ろうとすらしない。

 

それなのに、何のためにピアノを習わなくてはならないのか。

子ども心に毎日疑問に思っていた。

 

もし、俺の家庭が、音楽を自由に楽しめる環境にあれば、俺自身も「音楽の楽しみ」を理解して、自ら努力したかもしれない。

しかし、俺の家庭は狂っていた。

とにかく、好きな音楽を聴くことができない。というより、好きなものを好きと、俺の判断をしてはいけない、、という空気があった。

 

音楽は、クラシックと、ザ・ピーナッツと、アイジョージが本物らしかった。

TVは基本的に禁止の家だったが、たまに許可を受けてみる音楽番組にでてくる歌手のものは、すべてクズ呼ばわりだった。流行りのヒット曲が、女毒親にかかれば、まるで汚らしいクズみたいに見えていたのだ。

 

俺は、そんな中で育ってきた。洗脳されているので、学校にいっても流行りのヒット曲をバカにする発言をする様になる。当時のクラスメイトは俺のことをどう思っただろうか。俺には思考の選択肢がなかったので、それしか言えなかったわけだが、ずいぶんとつまらないやつだと思われていただろう。

 

こんな状態でいて、音楽を好きになるわけがない。

ピアノなんて習いたくなくなる。

そこには音楽を楽しむという要素は一切なく、ただ延々と課題を練習するだけだったのだから。

 

話を戻す。

俺は、自分で楽しい音楽を選択することが許されない家庭で育った。

毒親は、音楽を愛していない。

ピアノなんて全く理解していない。

 

ならば、なぜピアノを執拗に習わせるのか。

 

ベートーベンを引き合いにだしながら、

ピアノのことなんて何も知らないくせに、

それでも、

子どもにピアノを習わせているという、奇妙な上流階級への憧れというかそういう考えがあったのだろう。

 

毎日、毎日、

意味のないことを繰り返し、

俺は、次第に女毒親への恨みを抱えていた。

 

もしも、俺が俺の意思で音楽を楽しめる環境にあれば・・・

ピアノの練習も楽しかったかもしれんが、そうではなかったからな。

 

ただの、女毒親の自己満足だったからだ。

 

 

尚、俺は大人になってから、むさぼる様に音楽を聴く様になった。

子どものころ、女毒親の検閲にかかり許可されなかった音楽を。

邦楽も洋楽も。

たくさん聴いた。

 

そして、やっとわかった。

音楽は素晴らしい。

そして、小学校のころからこの素晴らしい音楽を自由に楽しんでいたクラスメイトたちが羨ましくなった。

その時、俺は、女毒親の洗脳で、みんなが楽しそうに話している音楽を、すべてクズみたいに否定してきたのだから。

申し訳なかった。

場をしらけさせて。

でも、その当時の俺は、それでも精いっぱいだったんだ。

 

毒親の異常な教育は、周囲にも悪影響を及ぼす。

そして、俺の気持ちもどんどん腐っていった。

 

毒になる親

社会から断絶するという教育

毒親の価値観は恐ろしい。

 

毒親は、特に異常だった。

教育方針は、とにかく社会批判だった。

 

「社会はくずでゴミである。」とは言わないのだが。

そう言ってるのと同じ行動をとるのだ。

 

例えば、TVを見る人間はクズである。

TVからは「怪獣光線がでているからみてはだめだ。」という。

とにかく徹底的にTVは見せない。

 

TVはほぼくだらないものだという考え方だな。

 

おっと、わずかに許させる番組があった。

大草原の小さな家」とかいうNHKのドラマだった。

 

なぜ、この番組だけOKになるかはわからない。

毒親なりの検閲があって、それをクリアしているようだ。

他のはやりのものとかは全部アウトだ。

 

映画も検閲があった。

毒親が好きな映画は、「ジャイアンツ」「ウエストサイドストーリー」「風とともにさりぬ」・・・いずれも名作には違いないのだが、最近の流行りの映画を見ようものなら検閲が入る。

 

アクションものや恋愛ものを見たいというと、批判が始まる。

そういう映画はホンモノではないらしい。

TVで映画をみていると、ずっと横で文句を言われる。

名作じゃないらしい。

 

小学校高学年や中学校の時、映画を友人と見に行くときも検閲は入った。

友達3人で見たい映画は検閲に通らなかった。

毒女親は同席しているわけではない。

しかし、見てもいい映画に制限をつけた。

 

そして、俺は友達を説得して、くだらない映画を見ることになった。

毒女親の指定する映画を、なんと他の友人にも強要したことになる。

 

頭がおかしいんだ。

社会にあふれるあらゆるメディアはゴミでクズだという考えだからな。

毒女親の思想だけが唯一絶対の真理で、他はクズという考え方。

 

で、この毒女親が映画に精通しているかというとそうでもない。詳しくもない。自分が映画なんて作れないクセに、批判だけは執拗なんだ。

 

何も楽しむことができなんだ。

 

俺は、子どものころから、既に社会から孤立し始めた。

TVにしても、映画にしても、みんなと楽しく盛り上がりたいだろ?

俺は洗脳により、その概念すら持たなかったんだ。

何しろ、俺だけ何も知らないからな。

みんなしってる情報を、俺だけが知らない。笑えない。

 

で、どうなったかというと、クラスの他のやつらをバカにしだしたんだ。

TVはクズだ。TVを見るやつはクズだ。

映画は、名作じゃないのを見る奴はクズだ。

 

というかんじである。

だって、なにしろ、他に言えることがなかったんだ。

本当はTVも映画も自由に見て自由に考えるやつらが羨ましくてしょうがなかった。

だけど、洗脳されてるから、俺はこう考えていた・

「このクラスにいるやつらは全員クズだ。勉強していい高校へ行けば、いい大学へ入れば、俺と同じ考えのやつらばかりのはずだ。このクラスはクズだ。」と。

恐ろしい話である。

毒女親の洗脳は、確実に俺をむしばんでたんだ。

そりゃ、クラスから孤立するわな。

友達なんて、まともなのいなかったもの。

 

 

こっからは例えばの話である。

もしも、こんな俺が大人になった時にTV局にでも内定をもらったら女毒親はどうだったと思う?

 

これは確信できる。

必ず、大喜びする。よくやったと褒めるだろう。

 

毒親が否定するTVなのに、そのTV番組を生み出すことにはOKがでるのだ。

 

キチダイだろ?

もし、俺みたいにTVを一切みたことない、いや、TVは悪いものだと批判する洗脳を受けた人間が、TV局に入ったら・・・・仕事なんてできるわけがない。

無能である。

批判してるんだから。

 

こういう矛盾点に気付かない、この頭の悪さも毒親毒親たるゆえんなのだ。

 

 

気づけない毒親

 

 

 

俺の家族について語ってやろう

 

俺の家族は、男毒親、女毒親、姉、俺、弟の5人家族だ。東北の雪深い地域で絵にかいた様な中流家庭で育った。恐らく、近所の人たちからみたらごく普通の家庭に見えただろうな。ウチの毒親は子供に食事を与えないとか、教育をしないとかではないタイプだったからな。子どもは悪事を働くわけでもなく、普通の素行、普通の成績で、いろいろ普通に見えてただろう。

 

実態は全然違うのだがww

これが毒親の家庭の恐ろしいところだ。

普通なんだよな。はたからみると。誰も気づかない。

 

毒親は、少々ノータリンの様だ。視野が狭く、妄想癖があり、それを子どもに押し付ける。

 

毒親は、上流階級に異常な憧れがあり、子供は優秀であるべきで、自分の教育でいっくらでも子供を成長させられると妄想していた様だ。人の話なんて全く効かないぞ。強敵だった。俺の人生の中で、これ以上ない屈辱と侮辱を受けたのがこの女だ。

 

姉は、反発することを知らない。いや、「間違ったことに反対するという概念」すら持たない様に育てられていた。毒親のいうとおりに100%コントロールされていた。よく精神が崩壊しなかったもんだ。

 

俺は、家族で毒親に唯一反発した。反発して、反発して、ぶんなくって、どうにも改善できなくなって・・・もう何十年も親とは一切会っていない。会うわけがない。リアルに気が狂うわwww

 

弟は、家庭の状況を正確に把握できないやつだ。自分で考えるのが苦手な様だな。毒親の被害を理解しているのか、していないのか、よくわからないやつだ。

 

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お前らに毒親の子育ての恐怖を教えてやろう~息子悲惨な思い出~

俺の両親は毒親である。

悲惨な人生を送ってきた。

きつい、つらい。

毒親の恐怖・・・・ それをお前らに教えてやろう。

毒親がどういうもので、何を考えているのか、教えてやろう。

 

そして、このブログを見た毒親たちが、少しでも自分の悪事に気付き、見直し、子供への被害が減ればいいだろう・・・・・とか、考えてるわけねーよ!!!

 

毒親は、こんなブログ読んだ位では心を改めたりしない!!断じて!!

それどころか、この世の誰の意見にも耳を傾けない。

子どもの意見はもちろん、世界を無視して毒親だけの世界を構築しているんだ。

毒親は一生毒親なんだよ。

だから、恐怖なんだ・・・・

 

 

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