毒女親の理想の習い事
毒女親は、なぜか子どもにピアノを習わせることにこだわった。
それは異常だった。
俺は男だし、ピアノなんて全くもって興味はなかったのだが、幼稚園のころから中学校で親を殴るまで、無理やりピアノを練習させられた。
毎週金曜日はピアノの教室へ行かされる。
そして、その金曜日の課題のために、毎日レッスンをしないといけない。
毒女親の恐ろしいところは、音楽を愛していないということだ。
音楽を愛していれば、日ごろからクラシックのひとつも聞くだろうし、いろいろ造詣も深くなるだろうが、そんなことは一切全くもってなかった。
ただ、子供には毎日厳しく練習をさせる、これだけは厳しかった。
毒女親は、よくベートベンの話をした。
ベートーベンは、子供のころから毎日父親に厳しくピアノの練習を受け、それによって才能が現れたのだと。
頭が悪い上に、キチガイである。
ベートーベーンの父親とか、音楽のプロである。指導ができる能力があったわけだ。
で、毒女親はどうかというと、ピアノなんて全く弾けない。ピアノを知ろうとすらしない。
それなのに、何のためにピアノを習わなくてはならないのか。
子ども心に毎日疑問に思っていた。
もし、俺の家庭が、音楽を自由に楽しめる環境にあれば、俺自身も「音楽の楽しみ」を理解して、自ら努力したかもしれない。
しかし、俺の家庭は狂っていた。
とにかく、好きな音楽を聴くことができない。というより、好きなものを好きと、俺の判断をしてはいけない、、という空気があった。
音楽は、クラシックと、ザ・ピーナッツと、アイジョージが本物らしかった。
TVは基本的に禁止の家だったが、たまに許可を受けてみる音楽番組にでてくる歌手のものは、すべてクズ呼ばわりだった。流行りのヒット曲が、女毒親にかかれば、まるで汚らしいクズみたいに見えていたのだ。
俺は、そんな中で育ってきた。洗脳されているので、学校にいっても流行りのヒット曲をバカにする発言をする様になる。当時のクラスメイトは俺のことをどう思っただろうか。俺には思考の選択肢がなかったので、それしか言えなかったわけだが、ずいぶんとつまらないやつだと思われていただろう。
こんな状態でいて、音楽を好きになるわけがない。
ピアノなんて習いたくなくなる。
そこには音楽を楽しむという要素は一切なく、ただ延々と課題を練習するだけだったのだから。
話を戻す。
俺は、自分で楽しい音楽を選択することが許されない家庭で育った。
女毒親は、音楽を愛していない。
ピアノなんて全く理解していない。
ならば、なぜピアノを執拗に習わせるのか。
ベートーベンを引き合いにだしながら、
ピアノのことなんて何も知らないくせに、
それでも、
子どもにピアノを習わせているという、奇妙な上流階級への憧れというかそういう考えがあったのだろう。
毎日、毎日、
意味のないことを繰り返し、
俺は、次第に女毒親への恨みを抱えていた。
もしも、俺が俺の意思で音楽を楽しめる環境にあれば・・・
ピアノの練習も楽しかったかもしれんが、そうではなかったからな。
ただの、女毒親の自己満足だったからだ。
尚、俺は大人になってから、むさぼる様に音楽を聴く様になった。
子どものころ、女毒親の検閲にかかり許可されなかった音楽を。
邦楽も洋楽も。
たくさん聴いた。
そして、やっとわかった。
音楽は素晴らしい。
そして、小学校のころからこの素晴らしい音楽を自由に楽しんでいたクラスメイトたちが羨ましくなった。
その時、俺は、女毒親の洗脳で、みんなが楽しそうに話している音楽を、すべてクズみたいに否定してきたのだから。
申し訳なかった。
場をしらけさせて。
でも、その当時の俺は、それでも精いっぱいだったんだ。
女毒親の異常な教育は、周囲にも悪影響を及ぼす。
そして、俺の気持ちもどんどん腐っていった。